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2007年09月05日

フィレンツェ探訪 第1回 文化の花咲く町・フィレンツェ

先日、イタリア中部の町フィレンツェを訪問しましたので、その様子をご紹介していきたいと思います。

小学館「伊和中辞典」を引くと、フィレンツェは別名Citta del fiore、つまり「花の都」とも呼ばれるとあります。古代ローマ時代につくられたこの町は、ローマ神話の花の女神フローラの名前を取って「フロレンティア」と呼ばれました。これが現在の町の名前の由来となったということです。



どこを歩いても中世そのままの街並みが続くフィレンツェ中心部


フィレンツェは古代からの長い歴史を持つ町ですが、中でも最も華々しく輝く時代がルネサンスのころです。14世紀から16世紀にかけて、イタリアから全ヨーロッパに広がっていったルネサンスの中心地の一つがフィレンツェだったのです。ちょうどこのころフィレンツェの町にはメディチ家という銀行業で財を成した一族が実権を握り、彼らの下に多くの芸術家や建築家たちがやって来て、素晴らしい作品を残しました。
 


 
  
フィレンツェ市の市章は百合の紋章ですが、これはもともとメディチ家の紋章だったものです。財政難に陥ったフランス王家を助けたことで、フランス王室の紋章である百合の紋章を使うことを許されたのだといいます。上の写真は街路灯のメーター?のふたについていたもの。


さて、そのフィレンツェに生まれ、ルネサンスのさきがけとなったのが「神曲」で有名な詩人ダンテです。イタリアの公用語はもちろんイタリア語ですが、イタリアは大変方言の多い国で、各地方ごとに大きく異なる言葉を話す地域です。その中で、標準語として話されている言葉のベースになっているのがフィレンツェを州都とするトスカーナ地方の方言なのだそうです。なぜトスカーナ地方の方言が標準語となったかというと、ルネサンスの文学者たちが、特にダンテがトスカーナ方言で作品を残したからだと言われています。
 


 
 
また、メディチ家からフランス王家に嫁ぎ、大きな権勢を振るったカトリーヌ・ド・メディシスという人は、イタリアからフランスへ、さまざまなお菓子や料理、そしてフォークとナイフで食事をするというマナーを伝えたといわれています。まさにフィレンツェはヨーロッパ文化の最先端をいく町だったんですね。

世界遺産に指定されている市内中心部は「屋根の無い博物館」と言われるほどで、町を歩くだけでもルネサンスのころの熱い雰囲気を感じられそうです。このブログでは、フィレンツェや近郊の町の風情をお伝えしていきます。お楽しみに!

投稿者 royce : 2007年09月05日 13:33

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