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2007年06月22日
スウェーデン出張記 第6回 ウプサラとグスタフ・ヴァーサ王
ストックホルムの少し北にあるウプサラという町は、北欧最大のキリスト教会であるウプサラ大聖堂や、北欧最古のウプサラ大学があることで知られている町です。人口は約13万人程度と、日本の感覚で言うとさほど大きくはありませんが、スウェーデンでは4番目に大きな町です。
静かなウプサラの町の風景
ウプサラ大聖堂は高さ118.7m。尖塔が特徴的なゴシック様式の教会です。13世紀後半に建設がはじまり、実に1世紀以上の時間を掛けて、1435年に完成しました。18世紀初頭には火災に遭い、改修を受けて現在にいたっています。
町中どこからでも見通せるほど大きなウプサラ大聖堂
ヨーロッパの町の中心にある教会は、大きな広場を伴って、建物自体も装飾がたくさんほどこされていて荘厳なものが多いですが、このウプサラ大聖堂は町の中心部の小さな丘に建っていて、なんだか身近なものに感じられるものだったそうです。
聖堂の内部
聖堂にはヴァーサ王朝を開いたグスタフ・ヴァーサ王らが埋葬されています。スウェーデンは1397年にデンマーク・ノルウェーの両国とカルマル同盟を結び、盟主デンマークの支配下に置かれていましたが、独立の機運が高まり、1520年、ついにグスタフ・ヴァーサ王らが蜂起して独立戦争が勃発しました。この戦争の結果、1523年に独立したスウェーデンは、17世紀にかけてバルト海に覇権を唱える大国へと成長していくのです。
この戦いに先立ち、ヴァーサ王はスウェーデン各地の人々に自立のために立ち上がることを呼びかけました。王が向かった先の1つが、屈強で意志の強い人々が住むことで知られ、先日ご紹介した当別町の姉妹都市・レクサンド市があるダーラナ地方。王は町の人々に協力を求めましたが、人々が答えを出す前にデンマーク勢の追っ手が迫り、王は町を離れざるを得なくなりました。
しかし数日後、町の人々はヴァーサ王に協力することを決意。町で一番スキーの上手い2人がヴァーサ王を追いかけることになりました。スキーを飛ばしに飛ばし、2人はついにヴァーサ王に追いつきました。スウェーデンの民衆は、こうして王と共に独立のために立ち上がったのです。
これを記念して1922年から、2人が駆け抜けたセーレンとムーラという2つの町の間を走るクロスカントリースキーの大会「ヴァーサ・ロペット」が開かれています。セーレンとムーラの間はなんと90kmもあるので、世界でも有数の長距離レースです。北欧ではノルディックスキーがさかんなので、この大会には1万人以上もの人が参加するそうですよ!日本でも、これにならって同じ名前を冠した大会が北海道でも毎年開かれています。
ウプサラといえば、ウプサラ大学の方も1477年に創立された歴史ある大学です。卒業生の名前を見ても、以前、ブログで紹介したリンネやセルシウスのほか、光の波長などを表す時に使われる単位「オングストローム」にその名を残す物理学者・アンデルス・オングストロームをはじめ、そうそうたる顔ぶれ。ノーベル賞受賞者も、なんと8人も輩出しているという超名門です。ウプサラを訪れたロイズのスタッフによると、学生街らしく市内にはあちこちに自転車がたくさん停められているのを見かけたそうです。
このウプサラの町には、リンネの業績を記念した様々なものがあるのですが、それはまた次回のお楽しみに。
投稿者 royce : 2007年06月22日 09:54
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