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2006年02月24日

イタリア探訪第8回 トリノの歴史

トリノは実に歴史の深い街です。ネット上で検索できるフリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」によると、この地域にはもともとタウリニー人と呼ばれる人々が住んでいたのですが、領有したローマ帝国がカストラ・タウリノールム(のちにアウグスタ・タウリノールムと改名)という街を建設しました。トリノという名前もこれに由来しているそうです。

ローマ帝国の滅亡後、トリノの帰属は揺れ動くことになります。「平凡社 世界大百科事典」によると、6世紀にはランゴバルド公領、8世紀にはフランク伯領となり、9世紀以降はその領有をめぐって争いが続きました。長い争いの末、トリノを領有するようになったのがサヴォイア家でした。16世紀には一時、フランスに占領されましたが、1563年、サヴォイア家のエマヌエーレ・フィリベルトが奪回してからサヴォイア公国の首都となり、今も残るバロック様式の美しい街並みがかたちづくられたのです。

そんな歴史あるトリノを象徴するような建物がこちら。

palazzomadama1.jpg

市内中心部、カステッロ広場に面したマダマ宮殿(palazzo madama)です。現在のトリノ市内の風景と調和したバロック様式の壮麗な建物。実に見事です。最初見たときは、同じ広場に面している王宮ではなく、こちらを王宮かと勘違いしたほどです。ところが、後ろに回りこんでみると・・・

palazzomadama2.jpg
写真左手がカステッロ広場に面した、上の写真のファサード(建物正面)にあたる

あれ?あれあれー??表と裏とでは、まるで別の建物。ぐるっと回転するとアイドル歌手のいるステージが出てくる「8時だよ全員集合」のセットを思い出してしまいました。正面は白い綺麗な建物で、裏は対照的に重々しい、もっと時代が古そうな建物になっているんです。

実はこの建物、もともとローマ帝国初代皇帝・アウグストゥス(在位・紀元前27年 - 紀元14年)の時代に建てられた門の跡に、中世になって城が築かれ、さらに18世紀、建築家のフィリッポ・ユヴァッラがファサードを増築したものなんだそうです。つまり、白い部分は18世紀、茶色い部分は中世の建物なんですね。

そんなエピソードも、古代からの歴史を誇るトリノならでは。古代、中世、近世と、時の移り変わりを見守りつづけてきたマダマ宮殿は、まさにトリノの歴史そのものと言っても過言ではないでしょう。

投稿者 royce : 2006年02月24日 19:16

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