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2007年02月09日

ドミニカ共和国出張記 第3回・ドミニカ共和国の食べもの

ドミニカ共和国で広く食べられているのは「yuca(ユカ)」と呼ばれる芋の一種。キャッサバともいい、タピオカの原料になるものです。お店に行くと山盛りで売られていて、一山が日本円にして50円ぐらいと、とても安いのです。実際に食べてみたロイズ開発担当の谷口によると、長芋のような味で、でも長芋とは違う独特な歯ざわりがあります。細かく切って、ゆでたり炒めたりして食べるもののようです。


yuca
これがyucaです


それからご飯。ご飯自体は日本で食べるものよりも細長いもので、豆をたくさん入れて食べます。料理によっても異なりますが、パラッとした状態で食べたり、ソースをかけてたべたりします。このソースにも豆がよく使われています。ドミニカ共和国の料理にはこのように豆がたくさん使われているそうです。谷口は海外に出かけて食べた食事の写真をよく撮っているんですが、確かに今回はどの写真を見ても豆を使ったものばかりでした。


豆料理
豆たっぷりなご飯



主食以外は、普通の肉や野菜を食べました。牛肉は脂身が無いのにとてもやわらかくて、おいしいものでした。ただ、レストランなどで食事を注文すると、日本のレストランで言えば2~3人前ぐらいの量が出てくるそうです。「いくらなんでも、こんなに食べられるはずが・・・」とあたりを見回した谷口の目には、あっさり全部食べてしまうドミニカの人々の姿が飛び込んできたそうです。


ドミニカのスーパー
宿泊先の近くのスーパーの様子


千切り
スーパーではその場でキャベツを千切りにしてくれるそうです

ロイズには単一の国のカカオでつくり、特徴を際立たせたチョコレート4種類を詰合せた「ロイズオリジンチョコレート」があります。4カ国の中にはドミニカ共和国のものもあるんですが、とっても特徴的な味で私も気に入っています。ぜひ、お試しください!

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2007年01月19日

ドミニカ共和国出張記 第2回・ドミニカ共和国の人々

ロイズのスタッフ・谷口が訪問したのは首都サント・ドミンゴからずっと離れた、とある町。サント・ドミンゴは予想以上の大都会でしたが、谷口が訪れた町はホテルも2軒しかない小さな田舎町でした。

町の人々は、初めのうち「見知らぬ日本人がやって来た」と、谷口のことを警戒している様子でしたが、しばらく滞在しているうちに徐々に慣れてきて、「¡Hola!(オーラ:やあ!)」と笑顔であいさつしてくれるようになりました。田舎なので人々もみんな純粋で親切な人が多く、みんな常に笑顔で接してくれました。一緒に行動している人たちの中には「タニグチ!」と名前を覚えて話しかけてくれる人も増えて、谷口の中から言葉も分からず不安な気持ちがだんだん消えていきました。
 
 
ドミニカ共和国の人の笑顔
谷口と仲良くなったドミニカ共和国の人
 
 

ドミニカの人たちのあいさつは、日本と違って毎朝一人一人と握手したり、ハグしたりして、言葉を交わします。毎朝、一緒に仕事をしている人たち全員とこういう丁寧なあいさつをするので初めのうちは少し戸惑った谷口も、すぐに慣れたそうです。毎日、みんなと心を通わせるドミニカ流のあいさつ、いいですよね。


ロイズのe-shopには、ドミニカ共和国産コーヒー豆を使ってつくった「コーヒーチョコレート」などがありますので、ぜひご覧になってください!

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2006年12月27日

ドミニカ共和国出張記 第1回・ドミニカ共和国はどんな国?

先日、ロイズの開発担当スタッフ・谷口が中央アメリカのドミニカ共和国に出張してきました。このブログでは、谷口が見て、聞いて、食べてきたものをご紹介していこうと思います。


republica dominicana
ドミニカ共和国の町の様子


まず、ドミニカ共和国ってそもそもどういう国なのかをご紹介していきましょう。ドミニカ共和国はカリブ海の西インド諸島にあるイスパニョーラ島の東半分を占める島国で、サント・ドミンゴを首都としています。ちなみにドミニカ共和国は旧スペイン領、イスパニョーラ島の西半分は旧フランス領のハイチになっています。ドミニカ“共和国”と呼ばれるのは、同じく西インド諸島のドミニカ島にあるドミニカ国と区別するためです。
 

Republica Dominicana


日本国外務省のウェブサイトを見ると、ドミニカ共和国の面積はほぼ九州と高知県をあわせたぐらいの広さ。人口は2004年の調査で約886万人です。主要な産業はコーヒー、砂糖などの農業や鉱業(ニッケル)となっています。

ドミニカ共和国といえば著名な野球選手を数多く輩出していることでも有名。サミー・ソーサ選手やペドロ・マルティネス選手、松坂選手が入団するレッドソックスの主砲マニー・ラミレス選手とデイヴィッド・オルティズ選手、2006年の日米野球最終戦でサヨナラホームランを放ったホセ・レイエス選手など、まさにメジャーリーグを代表するようなビッグネームがずらりと並びます。日本のプロ野球では広島カープからメジャーに移籍して活躍しているアルフォンソ・ソリアーノ選手、東北楽天ゴールデンイーグルスの主砲で、2006年のベストナインにも輝いたホセ・フェルナンデス選手や、ヘクター・アルモンテ選手(元巨人)とエリック・アルモンテ選手(元日本ハム)の兄弟らが同国出身です。

ロイズの商品では、ドミニカ共和国で産出された高品質なコーヒー豆を自家焙煎した「カフェロイズ オリジナルコーヒー ドミニカ・バラオーナ豆」があります。ドミニカ共和国のコーヒーは、同じカリブ海のジャマイカ産コーヒーのブランド「ブルーマウンテン」のようには知られていませんが、そのおいしさはブルーマウンテンに勝るとも劣らないまさに一級品。コーヒー好きの方にはぜひ試していただきたい一品です!

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2006年11月17日

トリノ再び

先日、ロイズのスタッフがイタリア・トリノを訪問しました。昨年私が訪問した時は地下鉄の建設や広場の改修工事が急ピッチで行われ、町中穴ぼこだらけ。それを眺めながら「もうすぐオリンピックだもんなあ。きっと、オリンピックのころにはきれいになってるんだろうなあ」と思ったものです。あれから1年。トリノ五輪も無事に終わり、平穏が戻ったトリノの現在の様子です。

トリノ・サンカルロ広場
 
 
フィリベルト・エマヌエーレ公の銅像があるサンカルロ広場。昨年は広場全体が改修中で、中に入れなかったのです。広場の周りはアーケードになっており、お店が広場をぐるりと1周しているのですが、向かいに見えるお店に行くのにもとても遠回りをしなければならなかったんですよ。今は広場を横切ることができるのでとても便利だったそうです。

もっとも、街中ではいまだにあちこちで工事が行われていたそうですが。聞いたところによると、トリノ五輪を目指して建設したはずの地下鉄も、市内中心部と競技場周辺の間の区間は五輪に間に合わなかったそうで、今でも工事中だとか・・・。まあ、それでもしょうがないか、と思わせてしまうのがイタリアなのかもしれません。

さて、トリノには世界遺産になっているサヴォイア家の宮殿群をはじめ、数多くの有名な建物がありますが、実はいちばん有名なのはこれかもしれません。
 
 
Mole Antonelliana
 
モーレ・アントネッリアーナ
 

 
ユダヤ教の礼拝堂として1863年につくられたこの建物、高さは約167m。近世の面影がそのまま残るトリノ中心街ではひときわ高いので、ちょっと視界が開けたところならば町中のいろんなところから見ることができます。現在は映画博物館になっていて、かつては今で言うハリウッドのような存在だった「映画の都・トリノ」の趣を現在に伝えています。


Torino

町歩きの目印にもなります
 
 
そういえば、ヨーロッパの共通通貨・ユーロには8種類の硬貨がありますが、片面のデザインは加盟国それぞれでデザインが違っています。イタリア版2セント(1ユーロは100セント)硬貨はこのモーレ・アントネッリアーナがデザインされているんですよ。
 
 
2cent di italia
 
 
ちなみに、ほとんどの国は3種類ぐらいのデザインを8種の硬貨に振り分けているんですが、イタリアはさすが歴史と文化の国と言うべきか、イタリアの歴史的建造物や芸術家の作品を並べて8種類全部違うデザインにしています。モーレ・アントネッリアーナ以外のデザインもそうそうたるものばかり。主なものを挙げると、5セント:ローマのコロッセオ、10セント:ボッティチェリの「ビーナスの誕生」、1ユーロ:レオナルド・ダ・ヴィンチの「ウィトゥルウィウス的人体図」(ダ・ヴィンチ・コードでも有名)などなど。いわば「イタリアを代表する8つの図案」の一つに選ばれるなんて、やっぱりすごい建物なんですね。

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2006年09月01日

スイス出張記 第4回氷河の中の宮殿

ユングフラウヨッホにはさまざまな見どころがありますが、さすがアルプスと思ったのが「アイスパレス」。なんと、氷河を掘ってつくったトンネルです。

icepalace.jpg


このトンネルの中には動物などをかたどった、氷の彫刻が並んでいます。さっぽろ雪まつりでも氷の彫刻が展示されますが、さすがに札幌は冬が終わると。一方こちらは、万年雪に覆われたアルプスの山の上にあるため、一年中、こうして展示することが出来るわけですね。


icepalace2.jpg


雪や氷は冬が終わると溶けてしまうものだと思っている我々からしたら、氷をくりぬいてつくったものが、建物のように通年で使われていることが不思議な気分なのですが。なんだか北欧や北米にある、雪で出来た宿泊施設「アイスホテル」みたいですね。

それにしても、全部氷でできてるとなると床もツルツルで、安心して歩いていられないように思ったんですが、アイスパレスを訪ねたスタッフは「不思議とここの氷は全然滑らなかったですよ」と話していました。


icepalace3.jpg

見本を隣に置くと似てるような

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2006年08月25日

スイス出張記 第3回標高3000m級の駅

スイスは国土の半分以上が山になっているそうで、スイスを訪問したスタッフからもらった写真を見ると、とにかく山、山、山。「さすがスイスだなあ」と思っていたんですが、それにしても、かなり高い山で撮影されたと思われるような写真が混ざってるんです。

「あのー、夏なのに冬山登山でもしてきたんですか?」と聞くと、「いやいや、その写真を撮った所まで登山列車が走ってるんですよ」という返事。登山列車?冗談でしょ?だって、こんな景色↓なんですよ。


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雪、積もってますし。


ここはアルプス山脈の中でも名高い観光地のひとつ、ユングフラウヨッホ。ここには本当に鉄道が走っているんです。ちなみに、ユングフラウヨッホ駅はスイスアルプスの名峰・ユングフラウ(標高4158m)山頂を臨む場所にあり、標高3450m以上の高地に位置しています(ヨッホとは「山の肩」の意)。この高さは文句なしでヨーロッパ最高地点の駅。富士山で言ったら8合目と9合目の間ぐらいまで列車で行けるということですよね。アルプスの山にトンネルを掘り抜いて、こんなに高いところまで列車を走らせるなんてすごい話です。ちなみに、このユングフラウと周辺の氷河などは、世界自然遺産に登録されています。


景色は冬山なんですが、現地に行ったスタッフによると思ったより寒いわけでもなく、「観光客の中には半そでの人もいましたよ」ということです。


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アルプスの山並みをグイグイ登って行く列車


写真を見ていたら、以前ユングフラウヨッホに行ったことがある上司が「普通に列車に乗っていて、降りてみたらいきなりすごい風景が広がっていたので、本当に感動した」と言っていました。そうでしょう、そうでしょうとも。列車から降りて、少し歩いたらいきなり↓これですから。


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初登頂記念・・・ではなくてプラトー・テラスという展望台


ふもとの町から登山列車に乗って、「アルプスの長いトンネルを抜けると万年雪であった」・・・感動しますよね。

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2006年08月18日

スイス出張記第2回 ルツェルンの古い橋

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スイス中央部に位置するルツェルンは、ルツェルン湖がロイス川に流れ出す場所に築かれた町です。大きな街道沿いにあったため、古くから交易地として栄えてきたところで、周辺の美しい自然と、中世の面影を残す美しい街並みが見事に調和した町でもあります。


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ルツェルンといえば大変有名なのが、このカペル橋。1333年につくられたヨーロッパ最古の木造橋で、もともとは湖に向けてつくられた、城壁の一部として建てられたものなのだそうです。長さ200mぐらいある屋根つきの橋の真ん中には、当時の名残の見張り塔がそびえています。今はもちろん、湖から侵略してくる相手もいないので、橋には花が飾られ、町の顔として親しまれる存在になっています。

この橋、残念なことに1993年に火災に遭ってしまい、大部分を焼失してしまいました。今は焼け残った北側の一部を除き、火災の後に復元されたものなんだそうです。火災の原因は、橋付近にいたボートで使っていた火が燃え移ったとか、観光客の捨てたタバコの火だとか諸説あるようですが、いずれにしても残念なお話です。

ルツェルンにはあの作曲家ワーグナーが一時期暮らしていたそうで、町の中には直筆楽譜などを展示しているワーグナー博物館があります。こうした背景もあって、毎年8~9月には世界的に有名なルツェルン音楽祭が開催され、世界の一流演奏家が集まってきます。風光明媚なだけでなく、文化の香る土地だからこそ、この町は世界中の人々を魅了しているのでしょうね。

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2006年08月11日

スイス出張記第1回 スイスはどんな国?

先日、ロイズのスタッフがスイスを訪問してきました。


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ロイズのスタッフが撮ってきた「いかにもスイスらしい風景」

 
 
 さて皆様、スイスといったらどんなイメージをお持ちでしょうか。工藤もいろいろ思いつくものを考えてみました。「アルプスの少女ハイジ」・・・・・・
 
 
 
 


・・・・・以上。      いやいや、それだけじゃないんです。


実は、スイスという国はチョコレートと大変ゆかりの深い国なんです。

チョコレートの歴史を辿ると、もともとはカカオ豆をすり潰してできたドロドロの苦い飲み物だったものが、今日、私たちが食べているような形のチョコレートになるまでにはさまざまな改良が行われてきたのですが、その中でも劇的にチョコレートが進化した4つの発明を、「チョコレートの四大技術革命」と呼んでいます。

長い間飲み物として親しまれていたチョコレートを固形にする技術が開発され「食べるチョコレート」がつくられるようになって間もない1876年。スイス人のダニエル・ピーターという人がチョコレートにミルクを混ぜる技術を開発して、「ミルクチョコレート」が誕生しました。ミルクを混ぜたチョコレートは味がマイルドになり、とても食べやすいものになったんです。今、私たちがミルクチョコレート特有のやわらかくて濃厚な味を楽しめるのもスイスのおかげです。ありがとう!スイス!(このあたりのチョコレートの歴史に着いてはこちらのページの「ショコライブラリー」→「チョコレートの歴史」に詳しく書いてあります)

現在もスイスはチョコレートづくりが大変盛んな国で、生産量を国民1人あたりに換算すると世界でもトップクラスになるんだそうです。もちろん、輸出向けのチョコレートもつくられているでしょうから一概には言えませんが、世界でも最もチョコレートをたくさん食べる国の一つと言えるかもしれません。

次回から、スタッフのスイス出張記をお届けします。アルプスの雄大な風景やきれいな街並みの写真をたくさん撮ってきてもらったので、順次ご紹介していきます。お楽しみに!

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2006年08月04日

台湾出張記 <下>台北市内を縦横無尽

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台北の人々の交通手段で特徴的なのはスクーター。車で大混雑した町をスクーターがスイスイとすり抜けていきます。しかも乗ってる人数が日本と比べて若干、多め。2人、3人が1台のスクーターに乗って走っていきます。今回、見た中で一番多かったのは大人2人、子供2人の4人乗り。スクーターって、こんなにたくさん乗れるんだ!とビックリするような光景でした。





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一方で、公共交通機関も発達しています。MRTと呼ばれる新交通システムがかなり整備されていて、いつ乗っても人でいっぱいでした。地下鉄形式の部分と高架になっている部分とがあり、台北市内を縦横に走っています。終点からもう一方の終点まで乗っても60元(約210円)と運賃もリーズナブルです。


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台湾ではいろんなものを食べましたが、中でもショッピング・グルメの街・永康街(ヨンカンチエ)にはいろんな店が並んでいました。台北はやはり中華料理が多いですが、タイ、ベトナム料理のお店も目立ちます。基本的に薄味がお好みの方が多いらしく、スーパーに行っても日本と同じ野菜や味噌、しょうゆ、豆腐など、日本と同じような食材が並んでいるのを見かけます。でも、油断しているとたまに超激辛なものが混ざっていてビックリします。



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ちなみに、この写真は永康街で入った小龍包で有名なお店・群香品。小龍包を頼んだら、「えっ?それだけ??」と思ったらしい店員さん(流暢な日本語を話してました)にいぶかしげな顔をされたんですが、台湾の人はけっこうたくさん食べられるのでしょうか。肉汁たっぷりの小龍包はまさに絶品!やけどに注意しながら、おいしくいただきました。

中国語が話せないので、同僚たちに「ちゃんと帰ってきてくださいよ」とからかわれたんですが、意外と日本語が通じたので良かったです。台湾の人は「中国語プラス英語」か「中国語プラス日本語」のいずれかを話せる人が多く、お店などでは少なくとも1人は多少でも日本語を話せる人がいるような感じでした。聞くところによると台湾の大学では英語か日本語を学ぶことになっているようで、どちらかというと若い人は英語を、年配の方ほど日本語を話す人の割合が多いように思います。

台湾には大人しくて人が良さそうな方が多く、言葉もある程度通じたので、困ることはほとんどありませんでした。男性も女性も、みなさんいい笑顔をしていたのがとても印象的でした。とにかく日本人にとても親切な人が多くて、困ったことがあっても思い切って日本語で話しかければ、たいていのことならどうにかなったように思います。おかげで本当にいい出張になりました。

そういえば初日にこんなことがありました。午後8時ごろに宿に着いて、夕食を求めてガイドブック片手に夜の台湾へ繰り出しました。なかなか見つけられず苦労しながら、ようやく目指していた「牛肉麺」のお店にたどり着き、メニューを指差しながら店のお兄さんに注文しました。・・・なぜか困った表情で首をひねるお兄さん。挙句の果てに奥へ引っ込んでしまいます。なんで?メニューを見せてたんだから言葉が通じないのも関係ないはずなのに・・・。お腹も空いて、絶望的な気分になりました。

と、その時、女性の店員さんが奥から現れて日本語で「いらっしゃいませ」。お兄さんは日本語のできる店員さんを呼んできてくれたのです。女性は日本語がペラペラです。・・・天使に見えました(泣)。女性の店員さんによると、自分が指差したメニューは麺のないスープだったとのこと。教えてもらって、ようやく牛肉麺を頼むことができました。だしが効いてあっさりしたスープに柔らかくジューシーな牛肉が乗った、とびきり豪勢なうどんのような牛肉麺は、いろいろな苦難を乗り越えたせいか、忘れられないようなおいしさになりました。言葉が通じるって、素晴らしいことですね。

◇        ◇


いかがでしたか?台湾出張記。出張したスタッフが撮って来た写真を見たら、台北はどこへ行ってもすごく近代的な街並みで、しかも古くからあるいろんな文化も息づいていて、素晴らしいところだと思いました。それに、やっぱり食べものも実においしそうですねえ。家内の実家がある名古屋で食べて以来ハマっている大の小龍包好きの工藤としては、ぜひ台湾の小龍包を食べてみたいものです。

ちなみに、「ちゃんと帰ってきてくださいよ」と言っていたうちの一人は工藤です。

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2006年07月28日

台湾出張記 <上>亜熱帯の暑い夜

最近、台湾から大勢の方が北海道を訪れていまして、札幌市内を歩いているとよく台湾からの旅行者のみなさんの姿をお見かけします。暑い台湾の方からすると、夏も涼しくて、冬は一面の雪に覆われる北海道は人気の観光地の一つになっているようです。・・・と、いうことは、我々北海道民からすると、台湾は北海道にはない珍しいものや面白いものがたくさんあるのでは?先日、ロイズのスタッフが台湾を出張で訪れた際にいろいろ見てまいりましたので、感想を聞いてみました。


◇        ◇

新千歳空港から飛行機で約4時間半。台湾最大の都市・台北が窓の下に見えてきました。街並みの周りにたくさんの工場、ゴルフ場・・・。なんだか日本の町の雰囲気に近いものを感じます。台湾の最も北に位置する台北市は人口263万人の大都市で、1980年代ごろから急速に近代化している街です。

飛行機を降りると、蒸し暑い空気が出迎えてくれました。夏でも30度を超える日が少なく、夜になると寒いほど涼しい札幌と違い、7月下旬の台北は連日30度超。夜になっても25度を超える、いわゆる“熱帯夜”が続きました。さすが亜熱帯の夏。
 
 
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そんなに暑いのに、それほど薄着ではない台湾の人の服装(特に男性)を不思議に思っていたら、ホテルやお店などの建物の中ではエアコンがガンガン効いていました。北海道の人は、冬にはストーブをガンガンに焚いてアイスを食べるのが好きなんですが、ちょうどそれの逆バージョン。上の写真は台北市内で寄った本屋さんですが、ここのエアコンも強烈で、正直、寒いぐらいでした。聞いたところでは、台湾ではお客様をおもてなしする上で部屋を涼しくするのが大変重要なことなのだそうです。
 
 
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これだけ暑い国なので、シャーベット・アイス類が大人気。写真は・冰館(ビンクワン)というマンゴーシャーベットで有名なお店です。あまりに暑いので、シャーベットを食べようと思って行ってみたら、ものすごい行列。こんな列に並んで待ってたら暑さにやられてしまいそうなのであきらめました。残念!

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2006年07月21日

ワシントンDC出張記・最終回アメリカは大きかった

4月からワシントンDCの様子をご紹介してきましたが、いかがでしたか?DC道産子会のみなさんもおっしゃっていましたが、日本ではアメリカ経済の中心地であるニューヨークのほうがテレビなどのメディアで取り上げられる頻度も圧倒的に多く、DCの話題に触れる機会というのは案外少ないものです。


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ワシントンDCの夜景
 
 
 
だから、今回DCを訪れてみて、意外と緑の多い癒されるような風景の街だったことや、政治だけでなくアメリカの文化の一大中心地であることなどを知り、「ホワイトハウスと国会とペンタゴンがある町」という事前のイメージが、実はDCという町のほんの一部を表していたにすぎないことを実感することが出来ました。


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ワシントンDC・ダレス国際空港の朝
  
    
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空港ターミナルビルに朝焼けが写ってきれいでした
 
 
  
それから、工藤はアメリカ初上陸だったので、アメリカという国の大きさにもびっくりしました。サンフランシスコを経由して帰国したんですが、旅程によるとDCからサンフランシスコまで、2時間半ぐらいで着くことになっているので、「意外と近いもんだなあ」なんて思っていたんです。でも、よく考えてみたらワシントンDC(東部時間)とサンフランシスコ(太平洋時間)では3時間も時差があるんですね。つまり、2.5+3の5時間半ぐらいかかるということだったんです(ちなみに成田空港から5時間半ってどれぐらいかと思って調べたら、ベトナムぐらいまでいけるらしいです)。


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サンフランシスコの空港にて
 
 
 
さくらまつりの展示のために持っていったロイズのチョコレートをアメリカのみなさんが喜んで食べていたのも印象的でした。しかも、アメリカの方ってリアクションが実に大きい!「おいしい!おいしいよっ!」って、ものすごく喜んでくれましたし、カメラを向けるとさらに大きなリアクションをとったり、写真を撮る側からしたら実に“おいしい”表情をしてくれたので、持っていってよかったなあと感激しましたよ。

とにかく見るべきところが多かったワシントンDC。いつの日か、プライベートで1ヶ月ぐらい掛けて行くことができたら、スミソニアンの全部の博物館をゆっくり見て回ってみたいなあと思いながら帰国の途につきました。
 
 
 
 
 
 
余談ですが、チョコレートを食べたDCのみなさんが体中で「おいしい」を表現してくれたのを見て、中学生の頃、通ってた塾のアメリカ人の先生が僕の被ってた学帽を見て「すごい!これかっこいい!ほしい!」って大騒ぎしていたのをなんとなく思い出しました(次の週、先生が得意げな表情で自前の学帽をかぶって現れたのにはビックリ)。

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2006年07月14日

ワシントンDC出張記 第8回・ジョン・F・ケネディ芸術センター

アメリカ合衆国の首都としてつくられたワシントンDCには、昔から特に目立った産業が無かったので、「DCの主要産業は官公庁と博物館だ」と冗談めかして言われることもあるそうです。一国の首都ですからDCにはさまざまな政府の施設があるのですが、それに負けないぐらい文化関連の施設もたくさんありました。たとえば、以前ご紹介したスミソニアン協会の博物館などは、「主要産業」という言葉が言いすぎでないように感じるほどの規模がありました。

さて、DCが誇る文化施設の1つがジョン・F・ケネディ芸術センター。なんと、5つもの劇場を備えた巨大な施設なのです。ここでは連日、オペラやコンサートが上演されていて、多くの人が訪れています。先が見えないほど長いロビーの端では、無料で見ることが出来る催しも行われていて、ちょうど我々が訪ねたときには、さくらまつりにちなんで日本からやって来た学生さんたちが和太鼓を披露していました。


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このロビーの端にステージが設けられていました 
 


アメリカの若者たちにとっても和太鼓は刺激的だったようで、工藤のすぐ近くに座っていた学生風の女性は、体全体でリズムを取りながら太鼓に聴き入っていました。ステージの前にはざっと見ただけでも1000人近い人が詰め掛け、1曲終わるたびにものすごい拍手が起きていました。

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すごい人数の聴衆!

 

ジョン・F・ケネディの名を冠した施設だけに、ケネディ元大統領の巨大な頭像が飾られていました。


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㊧この像、台座部分を除いても2メーターぐらいはあります㊨センターの壁面には、ケネディ大統領の言葉が刻まれています。
 
 

ちなみに、このケネディセンターの隣には、ニクソン大統領を辞任に追い込んだ政治スキャンダル・ウォーターゲート事件の舞台となったウォーターゲートビルという建物があります。当時入居していた民主党全国委員会のオフィスに対する不法侵入・盗聴が行われたこのビルには、現在ホテルやショップなどが入っているそうです。「ウォーターゲート」という名前は、ここに昔、ポトマック川の水門があったことに由来しているんだそうですよ。


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ウォーターゲートビル

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2006年07月07日

ワシントンDC出張記第7回 ジョージタウン

現代の世界を代表する大国・アメリカ合衆国の首都だということに対しての事前のイメージとは裏腹に、ワシントンDCはビルが林立する近代都市という雰囲気ではありませんでした。意外なほど古くからの風景が残っていて、緑の木々や穏やかに流れる川の風景に親しむような、風情のある街です。

そのワシントンDCの中でも、個人的にとても好きだったのがこのジョージタウンです。

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小さな商店が道の両脇に並んでいて、人通りが絶えません。お店は有名ブランドのお店やレストラン、食材屋さん、自転車屋さんなどなどバラエティーに富んでいて、しかも一軒一軒に良い雰囲気があって。そぞろ歩きをするのがとても楽しいんです。この街では大人も子供もみんなリラックスした格好でゆっくりと歩いているのがとても印象的でした。

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この街はDCの中でも古くから栄えていた地域で、明治初期、欧米に派遣された岩倉使節団の1人としてアメリカに留学し、後に津田塾大学の前身を創設した津田梅子先生も、アメリカ滞在中はこちらにお住まいになっていたそうです。
 

近くにジョージタウン大学があることもあって若い地元の人の姿も多いんですが、それと同じぐらい観光客風の人も大勢歩いています。

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上の写真は、ジョージタウンにある「オールドストーンハウス」。この建物は1765年に建てられたものだそうです。と、いうことはアメリカ合衆国ができる前ですよ!もちろん、DCの中でも最も古い建物だということです。それほど近代的な建物ばかりというわけでもないワシントンDCですが、さすがにこれだけ古いと周りとは違って見えます。
 
 
 

昼もいい街ですが、日が落ちた後はまた違った、いい雰囲気の街に変わります。世界を動かす政治の街とは思えないほど、ゆったりとした時間が流れていました。

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2006年06月30日

ワシントンDC出張記・第6回 いろんな人が暮らす国

アメリカの人々はとにかく多彩です。人種や祖先の国籍、話す言葉、宗教。これほどいろんな人が一緒に住んでいる国は、世界中を探してもきっとアメリカしかないでしょう。

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あるショッピングモールで撮った写真です。1枚の写真の中にヨーロッパ系、アフリカ系、アジア系。イスラム教徒と思われる人もいます。本当に、世界中の人々が集まって来ているといった印象です。




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今回、DCを訪ねて実感したことの一つが、ラティノと呼ばれるラテンアメリカ出身の人たちがアメリカには本当に大勢住んでいるということ。ラテンアメリカにはスペイン語を話す国が多いので、公共施設でもスペイン語の説明書きが目立ちます。上の写真はDC市内の新聞販売機ですが、ワシントン・ポストなど英語の新聞のほかに、スペイン語の新聞(一番右と右から2番目)も販売されていました。街角の看板や、空港の案内表示などでもかなりスペイン語の表示を見かけます。

言葉や文化の違う人々が一緒に暮らしていくのは大変なことだと思いますが、いろんな考え方をする人が集まれば、いろんな可能性が生まれるとも思います。工藤はいろんな人が集まってくる大きな空港に行くと、なんだか楽しくてワクワクしてくるんですが、同じような気持ちをショッピングセンターや宿泊先のホテル、観光地などいろんなところで感じることができました。

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2006年06月23日

ワシントンDC出張記・第5回 アメリカ合衆国議会議事堂

アメリカの政治関連のニュースで、キャスターやレポーターの後ろに映っている景色と言えば、ホワイトハウス。そしてこのアメリカ合衆国議会議事堂(連邦議会議事堂)が多いようです。
 
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白いドームが印象的です
 
 

1回目の記事でご紹介したとおり、ワシントンDCは京都や札幌のように碁盤目状になっており、北西、北東、南西、南東の4地区に分けられていますが、その中心に当たるのが、この議会議事堂なんです。議事堂のあるあたりは「キャピトルヒル」と呼ばれる小高い丘になっているので、遠くからでも議事堂の建物がよく見えます。

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こんなに近寄れます
 
 
 
ホワイトハウスでもそうでしたが、一般の観光客も議事堂の建物にかなり近寄ることができます。階段の上のほうで何人もの警察官がこちらを見てはいるものの、あの白いドームを間近から見上げられるのにはちょっとびっくりです。

日本の国会議事堂もそうですが、アメリカの議事堂もやはり観光スポット。我々が訪れた日も、全米各地からやって来た観光客が記念撮影をしていました。中にはどこかの高校のフットボールチームのユニホームを着た団体さんがいて、みんなで円陣を組んでエールを叫んでいました。こちらは永田町ではなかなかお目にかかれなさそうな光景。
 
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アメリカ国内、世界各国からの観光客が大勢
 
 
 
議事堂のドームのてっぺんにはブロンズ製の「自由の女神像」が立っています。自由の女神というと、ニューヨークのあの像が思い出されますが、英語でいうとあちらの像は「Statue of Liberty」。そしてDCの議事堂に立っているほうは「Statue of Freedom」といいます。日本語に訳すとどちらも「自由の女神」なんですね。

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正面入り口がある東側を向いているので、西側から見たら後姿でした

 
 
この自由の女神像、傷みが激しくなってきたので、ヘリコプターで吊り上げ、地上に下ろして修復を行ったことがあるそうです。高さ5メートル以上、重さはなんと7トン近くある像を議事堂のドームの上から下ろすのは大変な作業だったようで、DC在住の方に伺ったところによると、その様子がテレビ中継までされるほどの一大イベントだったとか。誕生以来約130年ぶりだったという清掃のおかげもあって、ドームの頂上に立つ女神像は太陽の光を受けてピカピカに光って見えました。
 

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2006年06月16日

ワシントンDC出張記・第4回 スミソニアン博物館

ワシントンDCのダレス国際空港に到着して、税関の審査を受けていたときのこと。「1週間滞在する予定だ」と告げると、スタン・ハンセン似の高圧的な係官が「滞在中、どこへ行くんだ?」としつこく聞いてきました。「いろんな所に行くけど、英語なんか話せないし説明しきれないぞ」と思ってとりあえず元気良く「スミソニアン!」と答えると、係官は「1週間もスミソニアンを見るだって?!」とあきれた顔をしながらパスポートを返してきました。
 
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国会議事堂から見たワシントンD.C.中心部「モール」の東半分。写真奥に見えるワシントン記念塔のあたりまで、両脇にある建物はほとんどスミソニアン関連のもの
 
 
スミソニアンとはワシントンDCが誇る巨大な博物館群です。1軒の博物館の名前ではなくて、美術、科学、歴史など、テーマごとに建てられた博物館の集まりなんですが、その規模といったらワシントンDCとニューヨークに合わせて約20もの博物館を有する大変なものです。1つ1つがものすごく大きい博物館の建物を見て思いました。あの係官はあんなことを言っていたけれど、本気で見ようと思ったら1ヶ月あったって足りません。

スミソニアンの博物館は、イギリス人のジェームズ・スミソンという学者が「知識の向上と普及に役立ててほしい」とアメリカ合衆国政府に財産を全て寄付したことをきっかけに誕生した「スミソニアン協会」が運営しています。博物館はホワイトハウス近くの「モール」と呼ばれるDC中心部に多くが立地していて、政府からの予算や個人・団体の寄付などで経費がまかなわれています。そのおかげでなんと、見学は無料!誰でも自由に貴重な展示品を見ることができます。なんとうらやましい・・・。

スミソニアンの収蔵品で有名なのは、数ある博物館の中でも人気ナンバー1を誇る、航空宇宙博物館にある月の石です。アポロ宇宙船が月から持ち帰ってきた本物なんです。残念ながら見に行くことはできなかったんですが、月の石に触ることもできるんだそうですよ!

モールにはスミソニアンの博物館のほかにナショナルギャラリーという美術館があり、こちらもレオナルド・ダ・ヴィンチとかピカソなど、世界有数のコレクションを所蔵しています。工藤は現代美術を展示している東館を少しだけ見てきましたが、建築を専攻していた同僚に後で聞くと、東館の建物自体も非常に有名で素晴らしいものだったんだそうです。
 
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東館ではアレクサンダー・カルダーのモビールがお出迎え


このあたりの道を歩いてみると、道路に立っている案内標識の行く先が地下鉄の駅以外、全部スミソニアン関連の建物の名前だったのでびっくりしました。博物館が立ち並ぶモールの東側はまさに、博物館の町でした。
 
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この看板に書かれているのは、ハーシュホーン美術館、芸術産業館、キャッスル(スミソニアン協会本部)、国立航空宇宙博物館など

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2006年06月09日

ワシントンDC出張記・第3回 アメリカの食べ物のサイズ

以前、アメリカの家庭にホームステイした経験のある友人から「とにかく食べ物のサイズが大きくてびっくりした」という話を聞いたことがあります。工藤は一見、食が細そうに見えますが、実は学生時代には近所の定食屋の名物で、卵8個と米3合を使った「カツ丼激盛り(通称カツ激)」を平気で平らげていたほどの「隠れ大食漢」だったので「大きいって言ったって、1人前は1人前でしょ、食べ切れなかったなんて、お前も少食だな。ハッハッハーッ」と、一笑に付した記憶があります。

さて、今回はじめてアメリカという国に行った工藤の前に、こんな“刺客”が現れました。

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ステーキです。厚みも3センチぐらいありました。おそらく500gはあったと思います。1人に1皿ずつ運ばれてきたので、たぶん1人前・・・だと思うんですが。ちなみに左上の青い円の中にあるのは日本の100円硬貨なので、大きさが分かっていただけるのでは(食べてみるとやわらかくて、ものすごく美味しい肉でした)。

ほかのお店でも、何を頼んでもすごいボリュームで出てくるんです。「カツ激」がお子様ランチ程度だったように思えるほどです。あんまりびっくりしたので、今回いろいろとお世話になったアメリカの方に「アメリカの方は、みなさん全部召し上がるんですか??」と聞いてみました。すると「普通の人は全部食べられませんから、残った分はお店で包んでもらって持ち帰るんですよ」とのこと。そう・・・ですよねえ。食べられないですよねえ。ちょっと安心。

そんなアメリカでは最近、健康志向の高まりとともにヘルシーな日本食が大流行しているそうです。今回の訪問先でもたくさんの日本料理店を見つけましたし、DCの高級食材店では醤油、チューブ入りわさびや柿、日本の梨などなど、日本の食材もたくさん売られていました。日本料理の良さがアメリカの人々にも受け入れられていることは、日本人として素直に嬉しいことだと思いました。

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2006年06月02日

カカオの産地を訪ねて 第5回 バナナと一緒

以前、ブログでカカオには日よけが必要なのでバナナなどを一緒に植えるというお話をしましたが、エクアドルでも農園にバナナを植えているところがたくさんありました。

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大きなバナナの間にカカオの苗木を植えています

生育期のカカオは、熱帯の強烈な日差しが大の苦手です。そこで葉っぱの大きなバナナなどをカカオの苗の近くに植えて、日よけにしてあげるわけですね。このように日陰をつくる役割の木のことをシェードツリーといいます。バナナは根が横に広がりにくく、カカオの生育をじゃましないこともシェードツリーに適しているのだそうです。日本では甘くてフルーツとして食べられるバナナが主流ですが、エクアドルでは調理して食べる品種の栽培も盛んです。谷口によると、調理したバナナはイモのような食感で、ポテトチップのようにバナナを揚げたスナック菓子もたくさん売られているそうです。

バナナにはもう一つ、この用途に適した理由があります。日本では「桃栗三年柿八年」といいますが、カカオもまた、収穫するまでに2~3年かかる植物です。その間、農家の方にとってはカカオが収入源にならないので、植えてから1年たたないぐらいで収穫できるようになるバナナの実が貴重な農産物となるわけです。余談ですが、バナナを「広辞苑」で引いてみると、「バショウ科の多年草」と書いてありました。バナナって、ホントは木じゃなくて草だったんですねえ。

カカオが大きくなって日よけがなくても生きていけるようになると、バナナはそこでお役御免。伐採されてしまいます。こうしてバナナに守られながら、カカオは収穫のときを迎えるのです。

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2006年06月01日

ワシントンDC出張記 第2回・ホワイトハウス

ワシントンDCでいちばん有名な建物は、なんと言ってもホワイトハウスだと思います。歴代アメリカ合衆国大統領が住んでいるこの建物は、四角形をしたワシントンDCのほぼ中央付近に位置しています。
 
 
 
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ひと目見たときの感想:わーっ、テレビで見たのと同じだー!

 
 
 
よく、ニュース番組でこの風景をバックにレポーターが話しているので、我々日本人にとっても馴染み深い絵ですよね。でも、実はこちら側がホワイトハウスの裏側にあたるんだそうです。ちなみに、表側はこんなふうになってます。

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マスメディアの伝えない(笑)ホワイトハウスの表側
 
 
 
 
表側なんて、正面の歩道から100メーターぐらいしか離れていないんですよ。ホワイトハウスのすぐ近くで観光客が記念撮影をしているのを見て、ちょっと驚きました。大統領が住んでいる建物なのに、こんなに近くまで人が近づけるんだなあ、日本じゃありえないよなあと思っていたんですが、よく見るとそこら中に警察官がいるわいるわ。しかも、敷地を囲む塀にもいたるところにセンサーかカメラのようなものが仕掛けられていて、たぶん猫1匹でさえ侵入するのは難しいのではないかと思うほどです。噂によると、屋上でもシークレットサービスの方がライフルを手に24時間周辺を監視しているとか。大統領の住まいだけあって警備も厳重ですが、見た目にはものものしくないのはさすがといったところです。

このホワイトハウスは1792年に着工。第2代大統領のジョン・アダムスから現在の第43代ジョージ・ブッシュまで42人の歴代大統領がここに住み、ここで公務を執り行ってきました。誕生から200年以上経った今、世界の行方を左右する決断が昼夜を問わず行われている建物は、周りに大きなビルがたくさん建ち並んでいるからなのか、想像していたよりも小さく見えました。
 
 
 
 
 
そういえば、DCのとあるお店でこんなものを見つけてしまい、思わず買って来てしまいました。

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ホワイトチョコレート製のホワイトハウス
 
 
 
普通のチョコレートのものもあったんですが、やっぱりホワイトハウスはホワイトチョコレートだろうということで、こちらを選択。手にとって見ると意外な事実が・・・。
 
 
 
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ちゃんと裏側がついてる!
 
 
 
けっこう芸が細かいです。

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2006年05月26日

カカオの産地を訪ねて第4回 エクアドルのカカオ

今回、谷口が訪れた国の1つがエクアドルです。カカオの産地は中南米、アフリカ、東南アジアなど世界中の、赤道に近い高温多湿な地域に分散していますが、コーヒーと同じで産地によって、カカオの味・香りには大きな違いが生まれます。その中でもエクアドルは気候、土壌、また発酵させる方法といった条件がもとで、独特な花のような香りのカカオを生み出しています。

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収穫されたカカオポッドは、手作業で中身を取り出されます。中身を取ったカカオポッドもそのまま捨ててしまうのではなく、有機肥料として再利用するのだそうです。こうしてまた、おいしいカカオ豆が収穫できるんですね。

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木の根元に落ちている黒っぽいものが、肥料になったカカオポッド

ロイズには、チョコレートの産地別の味比べをできる商品があるんです。「ロイズアロマチョコレートコレクション」がそれ。ガーナとエクアドルのカカオをブレンドしたビターなタイプから、北海道産ミルクをたくさん使ったホワイトチョコレートまで、産地別の風味を出した8種類のチョコレートが入っています。ぜひそれぞれの味の違いを確かめてみてください。

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2006年05月25日

ワシントンDC出張記 第1回・ワシントンDCはどんな街?

先日、ワシントンDCのさくらまつりに行ってきたというお話を書きましたが、その時にDCのいろいろな場所を見てきましたので、ブログでもご紹介していこうと思います。

ワシントンD.C.は、アメリカ合衆国が誕生した頃、連邦政府の所在地としてつくられた都市です。以前から「DCって、どういう意味なんだろう??」と思っていたんですが、辞書で調べてみると「District of Columbia」という言葉を略したものだそうです。訳すとワシントン、コロンビア特別区。ワシントンはもちろん初代大統領のワシントン、コロンビアはアメリカ大陸にヨーロッパ人としてはじめてやって来たコロンブスのことなんだそうで、アメリカにとって非常に重要な人物2人の名前が首都につけられたのですね。

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ワシントンDC市内にあるワシントン像

ちなみに、ワシントンDCは北西部にあるワシントン州と区別するため、一般にはワシントンDC、あるいはDCと呼ばれています。このブログでもそれにならっていきたいと思います。
さて、そういう成り立ちの町なので、DCにはいろいろ変わった特徴があります。まず、アメリカ合衆国の50州どこにも属していないということ。日本で言ったら千代田区が東京都に入ってなくて、「千代田特別区」になっているっていう感じなんでしょうか。形も非常に特殊です。1辺が10マイル(約16km)の、東西南北に頂点がある四角形をしているのです。大きなアメリカ合衆国の首都なのに、意外なほどDCの範囲は狭いんですね。そして、街並みは札幌と同じく碁盤の目のようになっていて、南北を貫く通りには「1番通り、2番通り・・・」と数字の、東西にわたる通りには「A通り、B通り・・・」とアルファベットの名前が付けられています。

こういうわけで、ワシントンDCに通勤できる近隣の町を合わせると首都圏全体で600万人ぐらいの人が暮らしているそうですが、DC自体には60万人ぐらいしか住んでいないのだそうです。大きなアメリカの首都の人口が札幌の3分の1ぐらいだなんて、なんだか不思議な気分でした。

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2006年05月19日

カカオの産地を訪ねて 第3回・カカオはどうやって実るの?

さて、突然ですが問題です。カカオの実、カカオポッドはどのように木に実っているんでしょうか?3択です。次の3つの絵から選んでください。

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B
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C
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いざ、言われてみると「ええっ?どれだったっけ??」って感じだと思いますが、これは実物を見ていただくのが一番早いと思いますので、谷口が撮ってきた写真を見ていただきましょう。正解はこちら!






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木の幹や枝に直接実る、つまりBが正解でした!しかし、祖父が農家で、子どものころ果樹の収穫を手伝わせてもらっていた工藤には、これが不思議に見えてしょうがないんです。リンゴやミカンの果実は木の枝に生るもので、幹にゴロゴロと実をつけたりしないですから。あまりに不思議なので、なんだか「チャーリーとチョコレート工場」に出てきたお菓子の生る木を思い出してしまいました。

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2006年05月12日

カカオの産地を訪ねて第2回 カカオの果実はなんの味?

そもそも、チョコレートの原材料になるカカオって、どういうものなんでしょうか?前回、ご紹介したとおりカカオは熱帯地方でしか栽培することのできない植物ですが、チョコレートの原料になる「カカオ豆」は、カカオの木になる果実の、種の部分なんです。

 
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カカオ豆は、カカオの果実「カカオポッド」の中に入っています。上の写真のように、パルプと呼ばれる白くて粘りのある果肉に包まれて、だいたい1つのカカオポッドに20~60粒程度入っているんです。果肉はチョコレートの材料にはなりませんが、カカオ豆を取り出す邪魔になるので、収穫した後すぐ取り除かれます。


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そんなわけでこのカカオの果肉、日本ではなかなか手に入りにくいものなんですが、今回、谷口は現地の農園で果肉を食べてみたそうです。「ずっと前からカカオポッドからパルプを取りだして食べてみたかったんですよね」と、興奮気味に話す谷口。どんな味なのか、大変気になるところですが、谷口いわく「甘くて、酸味があって、やわらかくて、なんだかヨーグルトみたいでした」ということでしたよ。たしかにカカオ豆を収穫する上では必要ないものなんですが、考えてみたら果物の種だけ取り出して、果肉を捨てるなんてある意味贅沢な話かも?

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2006年05月05日

カカオの産地を訪ねて第1回 カカオの故郷はどんなところ?

チョコレートの主原料として欠かすことのできないものといえば・・・。そうです、カカオですね。日本でも、ほとんどその名前を知らない人はいないのではないかというぐらい有名なカカオですが、本物のカカオを見たことがある、という方はそれほど多くないかもしれません。

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チョコレートの主原料となるカカオ豆

日本国内では温室などの設備を整えない限り、カカオを育てることはできません。カカオを栽培するのに適している土地は赤道を挟んだ北緯・南緯20度以内の高温で雨の多い地域。実際にはその多くが赤道近くで栽培されています。お近くに世界地図があったら見てみてください。赤道が中南米やアフリカ、東南アジアあたりを通っているのが分かると思いますが、カカオの産地もそれらの地域にほとんどが集中しています。

中南米やアフリカって、気軽に行ってこられる場所ではありませんよね。チョコレート工場に勤務している工藤だって「熱帯植物園」のような所でカカオの木を見たことはありますが、カカオを本当に栽培しているところは見たことがありません。

前置きが長くなりましたが、先日ロイズ商品開発室の谷口がカカオの産地を訪ねてを旅して来たんです。カカオの農園に入り、熱帯の日差しで真っ黒に日焼けして帰ってきた谷口が取材・撮影してきたカカオ生産の様子を、次回からブログの中でご紹介していきたいと思います。お楽しみに!

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2006年04月28日

イタリア探訪最終回 チャオ イタリア!

1月からお届けしてきたイタリア探訪も、今回で最終回となりました。ミラノ、トリノと、イタリアでもローマなどとは一風変わった歴史を感じさせる古都の風景、お楽しみいただけたでしょうか?ちなみに、e-shopのイタリアンフェアはまだもう少し続きます。期間限定の商品ばかりですので、こちらもお見逃し無く。

さて、今回訪れた2つの都市の感想を少し。ミラノは古代ローマ時代にはすでに都市として栄えていた町だけあって、歴史の長さを感じさせる建物やエピソードに事欠かない場所だったと思います。一方で現在はイタリア第一の工業都市として、またファッションの発信地として、時代の最先端を走る都市という表情も併せ持っていて、不思議な魅力のある町でした。

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ミラノのチェントラーレ駅。ムッソリーニが建てさせたという巨大な駅舎。

 

トリノは古代からあった都市ですが、古代や中世ではなく華やかな近世の香りがする町でした。イタリア有数の人口を誇る大都市で、しかも世界遺産に指定されているサヴォイア家の王宮の数々だけでも立派な観光地としてやっていけそうなのに、いまひとつマイナーな町、という印象が否めないのですが、トリノ五輪で知名度も上がり、これまでの自動車産業だけの町というイメージは変わっていくのかもしれません。

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トリノの街の風景。小雨が降っても絵になります
 
 
 
 
   

イタリアには魅力的な町がたくさんあります。きっと、イタリアが長い間ひとつの国としてではなく、1つ1つの町が国家として発達してきたからこそ、それぞれの町が、それぞれの魅力を育ててくることができたのでしょう。ミラノ、トリノにもそういう魅力をたくさん感じることができました。

そして、イタリアの人たちもすごく印象的でした。日本でのイタリア人観って、「明るく陽気で、いつも歌を歌っている」(もしくは全員ジローラモさん)っていう、ものすごく偏ったイメージがありますが、トリノの人たちはものすごくシャイで、でも実は親切で、なんだかホッとさせられるものがありました。聞くところによると、陽気な人が多いのはイタリア南部の方で、北部の人たちはどちらかというとおとなしいらしいですね。イタリア語には、英語で言う「please」に近い「prego(プレーゴ)」っていう言葉があります。この言葉には「どういたしまして」とか、「さあ、どうぞ」とかいった、いろんな意味がありまして、イタリアの人たちが頻繁に使うんですね。ロイズの一行がゾロゾロとお店やカフェに入っていくと、特にトリノではお店のおじさんやおばさんたちが「ヘンな東洋人が来ちゃった。言葉も通じないし、どうしよう」っていう困った表情をしていたんですが、「Grazie(グラツィエ=ありがとう)!」「Prego!」ってやりとりするとその緊張が一気にほぐれて、ニッコリ笑ってくれるのがとても嬉しかったです。

最後に余談ですが、実は工藤は学生時代に「イタリア語」の授業を履修したことがあります。残念ながら半年で挫折しちゃったんですが、そのときの先生がこんなことを言ってました。「僕の授業で習ったことは全部忘れてもいいですが、一つだけ、『お手洗いを使っていいですか?』っていうのだけは覚えておくといつか必ず役に立ちますから。Posso usare il bagno(ポッソ ウザーレ イル バーニョ)?っていうんですが、覚えられなかったら「Posso bagno」でも伝わりますから」。


先生、ありがとうございました!

ホントに役立ちましたよ!!

  
トリノのオリンピックグッズ屋さんで、これを知ってなかったらどうなっていたか・・・

 
 
 
来週からは、また新しいシリーズを始める予定です。また、ロイズのスタッフが見てきた珍しいものをご紹介していきますのでお楽しみに!

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2006年04月21日

イタリア探訪第16回 元祖・ビチェリンのお店

以前、ブログでカフェ・トリノのビチェリンのお話をしましたが、ビチェリンと言えば忘れてはいけないのがここ、「カフェ・アル・ビチェリン」です。


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看板がまたいい雰囲気を漂わせてます


ビチェリン(Bicerin)というのはピエモンテ地方の方言で、小さなコップ(ビッキエーレ=bicchiere)という意味だそうです。このお店は1763年創業の、トリノでも老舗中の老舗。今から240年前ですよ?

イタリアの初代首相・カブールは、ビチェリンが大好きで、このお店の常連だったそうで、このお店には「カブールがいつも座っていたテーブル」がそのまま残っているんです。


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これが元祖ビチェリンです

エスプレッソとチョコレートが絶妙に調和しています。まさに、イタリアのチョコレートの都・トリノらしい味ですね。そしてまた、お店の雰囲気も最高にいいんですよ。この日もたくさんのお客さんで店内は満員でした。

元祖ビチェリンとは少し違った雰囲気になりますが、ロイズイタリアンフェアで販売しているロイズクレーマジャンドゥーヤをコーヒーに溶かすと、ビチェリン風な飲み物をつくることができます。ヘーゼルナッツとコーヒーの香りが溶け合って、とても美味しいですよ。イタリアンフェアが始まって以来、ロイズのスタッフの間でもブームになってます。

クレーマジャンドゥーヤ入りコーヒーを美味しくつくるポイントは、一気にクレーマジャンドゥーヤを入れるのではなく、何度かに分けて少量ずつ溶かしていくことと、できればコーヒーもエスプレッソを使うことですね。クリーム状のジャンドゥーヤは、日本で探すのがなかなか難しいので、この機会にぜひお試しください!

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2006年04月14日

イタリア探訪第15回 スペルガ聖堂

トリノ中心部から10キロほど離れたところにあるスペルガ聖堂。トリノの街並みを一望できる丘の上に建てられたこの建物は、サヴォイア家の墓所でもあります。市内中心部からバスで約30分。そこから、先日ブログでもご紹介した登山電車に乗ってまた30分。ようやくスペルガ聖堂にたどり着きました。

スペルガ聖堂は1706年に完成した建物で、マダマ宮殿のファサード部分など、トリノのさまざまな歴史的建造物を建てた名建築家フィリッポ・ユヴァッラの作品です。ミラノやトリノでこれまで見てきた巨大な建造物と比べると小さく見えますが、青空を背景にひときわ華麗に見えました。

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きれいな油彩画のような風景でした

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内装も外観に負けないぐらい素晴らしいのです

ここは、トリノの街も、市内を流れるポー川も、そしてはるか向こうのアルプスまでも見渡すことができる絶景の地でした。

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このスペルガ聖堂はトリノ中心部からちょうど東の方向にあります。逆に中心部から西へ向かったところにあるリヴォリ城は、歴代王位継承者が生まれた場所でもあり、生と死が、トリノの街を挟んで一直線につながっているんだそうです。サヴォイア家の歴代君主は、死後もここからトリノの街を見守りつづけているのです。

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2006年04月07日

イタリア探訪第14回 真っ赤なべスパ

ミラノのドゥオモの隣には、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のアーケードがあります。1867年に建設されたこのアーケードは、言ってみれば1つの商店街なんですが、歴史を感じさせる建物は風情たっぷりで、市民や観光客がひっきりなしに行き来していました。1867年といえば日本では明治になる直前の慶応3年。札幌の開拓が始まったころですから、ずいぶんと昔にすごいものを作ったものだと思います。

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この日も大勢の人でにぎわっていました。高級ブランド店や書店などもあって、ウインドーショッピングがほんとに楽しいんです。大手のファストフード店もありましたが、アーケードの風情を壊さないように、控えめなつくりになっていました。

さて、このアーケードは長さ約200メートルの通りが交差した十字型をしていますが、中心部にはこんなものがありました。

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イタリア製のスクーター・ベスパの大きなモニュメントです。日本では、ドラマの「探偵物語」で松田優作が演じる主人公・工藤俊作が乗っていたことで有名です。別に同じ工藤だからというわけではないんですが、私・工藤もベスパが大好きなので、感激して写真を撮りまくってしまい、あやうく置いてけぼりにされそうになりました。(ちなみに、ベスパの足元のところには「ベスパに上らないでください」と書いた看板があったんですが、結構みなさん上って記念写真を撮ってました)


ベスパはクラシックなデザインが人気の元で、オーナーたちは、少々トラブルが多い旧式なものでも、大事に手入れをして乗っているそうです。以前、フィアットのお話をしましたが、自動車をはじめとしてイタリア製のものはとても味のあるものが多いような気がします。最先端の技術では日本など他の国に一歩譲るかもしれませんが、少し先端から遅れたところであってもしっかりと人々の心をつかんではなさないところはイタリアの工業製品の魅力ですね。

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2006年03月31日

イタリア探訪第13回 ジェラート

イタリアにはおいしい食べ物がたくさんありましたが、忘れてはいけないのがジェラートです。イタリアのジェラート、有名ですもんね。

しかし、なぜアイスクリームが、よりによってとても暖かそうなイメージのあるイタリアで盛んになったのかと気になったので調べてみました。もともと、アイスクリームのようなものが3000年以上前から中国で作られていたそうで、そのことを、中国を訪れたヴェネツィアの商人、マルコ・ポーロが13世紀に伝えたそうです。その後、大量に水に溶かすと温度を吸収する性質を持つ硝石を使って冷却する方法がイタリアで開発され、ヨーロッパ中にアイスクリームづくりが広まっていったとか。チョコレートもそうでしたが、イタリアは歴史的に文化・流行の発信地なんですね。

今回、訪れたトリノやミラノでも、さまざまなジェラテリア(ジェラート屋さん)を見つけることができましたが、チョコレートのフレーバーが実に充実しているんです。そして、そのジェラートの舌触りがまた、実に滑らかなんですよ。

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上の写真はミラノのチョコレートショップ。さすがにチョコレート味のものがたくさんありました。チョコレートにオレンジやダークチェリーが入ったものや、ミルク風味のものなどなど。チョコレート好きなら1つに絞りきれません!


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トリノはさすがにチョコレートづくりの盛んな街だけあって、チョコレート味のジェラートは質・量ともに豊富でした。トリノを訪れた時期はだいぶ肌寒くて、正直アイスという気分ではなかったんですが、それでも美味しいと思える味でした。

トリノのお店では、男性がやってきてはジェラートを買い求めていく姿が印象的でした。日本で男性が1人でアイスクリーム店に入ることはそれほど一般的ではないように思いますが、イタリアではおじさんたちがやって来て店員さんに注文した後、「ここのお店のは、おいしいよ!」と、よその国からやってきた我々におすすめしてくれたりしていました。イタリアの人は本当にジェラートが大好きなんですね。

ジェラートとはちょっと違いますが、ロイズでは新千歳空港店など一部店舗でソフトクリームを販売しています。各地で開催されている北海道物産展の一部でもソフトクリームを販売しておりますので、北海道にお住まいでない方も、ぜひ見かけられましたらおためしください。

参考・平凡社「世界大百科事典」、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」

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2006年03月24日

イタリア探訪第12回 サンタンブロージョ教会

先日ご紹介したドゥオモのほかにも、ミラノには多くの歴史的な建物がありますが、その中の一つがこのサンタンブロージョ教会です。ミラノの守護聖人、聖アンブロージョによって建てられた教会で、ロマネスク様式の傑作と賞される建物には、ドゥオモとはまた違った美しさがありました。

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サンタンブロージョ教会の全景


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煉瓦づくりの壁が青空に映えます


聖アンブロージョは4世紀の人で、彼が生まれる直前に、ローマ皇帝が「ミラノ勅令」を出し、キリスト教を公認するという出来事がありました。それまでにローマ帝国の迫害によって多くのキリスト教徒が殉教しており、ミラノ司教であった聖アンブロージョが殉教者たちを弔うために建てたのがこの教会だということです。ちなみに、聖アンブロージョは「ミサ」という言葉を初めて使ったことでも有名だとか。


聖アンブロージョの死後、遺骸はこの教会に安置されました。現在もきらびやかな衣装に身を包んだ聖アンブロージョの遺骸が教会の一番奥の方で公開されています。我々が訪れた短い時間の間にも、何人もの人々が聖アンブロージョを前に、静かに祈りを捧げていました。

◇       ◇

さて、この教会のすぐ近くにはミラノカトリック大学があって、学生さんたちが大勢歩いていました。ミラノの人たちはとにかく美男美女が多いような気がします。女性はみんなモデルに見えるし、男性はミケランジェロか誰かが彫ったんじゃないかと思えるような精悍な顔をしていました。こういう学生さんたちが大勢歩いているとまた、ミラノの街並みがサマになるんですよ。

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ふと、学生さんたちの手元を見ると、みなさんなにかピザのようなものが入った紙の包みを持って、歩きながら食べています。なかには自転車に乗りながら食べつづける猛者もいて、とても気になりました。ちょうどお腹もすいてきたころで、「絶対、あれを食べたい!」と、ウロウロ探し回ると、次第にその包みを持っている学生さんの密度が高くなっていきました。

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ようやく見つけたお店の前には行列ができていました。座布団のように大きなピザを店員さんがハサミで切って袋に入れてくれます。何種類か買って、さっそく街中で食べてみました。こっ・・・これは・・・美味い!正直、かなりの大きさだったんですが、夢中で食べてしまいます。無言のまま、ひたすら食べつづけ、ちょっと食べ過ぎてお腹にもたれてしまったんですが、食べ盛りの学生さんたちには、かえってそういうヘビー級な食べ応えのほうがよろしいのかも。「カツ丼激盛り」を平気で注文していたあの頃のことを、少し思い出してしまいました。

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2006年03月17日